いつも実現できないスケジュールばかり立てるあなたに伝えたいこと

今回投稿しようと思ったきっかけは、「スケジュールの立て方」について無頓着な人が多いのでは無いかと感じたからです。
あまりにもうまくいかない例を見続け、そしてそのスケジュールにまた私も振り回され続けているうちに、そもそもなぜうまくいかないスケジュールを立ててしまうのだろうと疑問に思いました。

※2018年06月24日に自サイトに掲載した記事をnoteに移行しました

絵に描いた餅

人はつい、実現不能なスケジュールを立ててしまうものです。
まるで、自分ならこれぐらいはスムースにこなして達成できるんだと見せつけるかのように。
そして、完璧なスケジュールを立て終わった時点で、すっかり自分の仕事を終えたと錯覚して、満足してしまいます。
時にはそれがチームで動く事やチームを動かすことが前提にも関わらず…。

今回の投稿は、個人のスケジュール管理や小規模なチームでのスケジュール管理を想定しています。

今日できないことを3ヶ月後なら「できている」と思うな

例えば、新しくウェブサイトを企画制作したいと思ったとします。
(私にとって一番身近な題材なので選びましたが、他意はありません)

まず、大体のスケジュールを立てますよね。
「1ヶ月目はサイトの方向性やネタを皆で決めて、2ヶ月目は調査や取材をしてライティングをしよう。3ヶ月目に制作をして、4ヶ月後の設立記念日にリリースしたいな。」

根拠のない漠然としたスケジューリングの罠

…実はこの時点で、大事なことを考慮にいれていなかったりするのです。
それは、誰しも日々の業務を抱えているということ、その中で誰が(自分が)どの部分をいつ担当するのかということ。
実は1ヶ月後には決算があったり、3ヶ月後には制作担当のXさんが長期休暇の予定を立てていると言うこと。

明日の自分はまだそうでもないかもしれませんが、1週間後の自分や1ヶ月後の自分、1年後の自分に対しての場合、なぜかその頃には時間ができていてフルに取り組めると思い込んでスケジュールを組みがちです。
未来の自分は、かなりの確率で今日の自分と同じように暮らしていて、日々の業務に追われて新しいことを考える余裕はないのにも関わらず、です。

そして、漠然と「4ヶ月もあれば、いつかどこかでできるだろう」と考えています。
未来の事に関して、人はとても楽観的に捉えがちです。
どうにかなる、という思想は計画倒れの第一歩です。
特に、自分(言い出しっぺ)以外の人間が、自ら能動的に行動してくれる事に期待するのはやめましょう。

人は、誰しも自分のことでいっぱいいっぱいです。
不況・過酷な労働環境のなか、例えば今日の食事について考えることすら面倒に思うほど疲れきっています。
仕事のためだろうがなんのためだろうが、本気でやりたいと思わなければ、積極的には動きません。
大多数は、くたびれた指示待ち状態です。

日々は「いま」の連続である

言うまでもなく、日々は「いま」の連続した形です。
1秒の積み重ねが60回で1分になり、1分の積み重ねが1440回で1日になり、1日が7回繰り返されると1週間になり、1週間がおよそ52回繰り返されると1年が終わります。

人間は決して「いま」から逃れる事はできませんから、「いま」何かをやらないかぎり、未来に何かを成し遂げることはありえません。
「いま」手を動かして何かを進めない限り、永遠に何も完成しません。

スケジュールは何月何日、何時何分まで想定する

それでは、実現可能なスケジュールを立てるには、どのように考えるべきでしょうか。

単独で進める場合

自分一人で進める予定であれば、自分の行動を具体的に予測すれば良いので割と簡単です。
私の場合は、行動を具体的に想像するために 、スケジュールは何時何分まで決めてしまいます。
スケジュールで実現可能かどうかを調べるためのものですから、もちろんこれは仮の予定で良いです。
具体的に想像することで、行動やスケジュールの根拠をしっかりと頭に描くことができます。

ただし、自分が普段どういう行動パターンで、何曜日の何時にどのような暮らしをしているかを自覚していないと、予定は立てられないでしょう。

この時、例えば「睡眠時間を減らせばどうにかなるから、そこに予定をブチこむべし」などと考えていると、ほぼ計画倒れになります。
少なくとも私は、思いつきで決めたそのプランを続けられるほど忍耐強くも身体が強くもありません。

複数人で進める場合

チームでスケジュールを立てる場合は難しくなりますね。
そんな一人一人の行動パターンなんて把握していないし、誰に依頼するかも決めていないよ、と思われるかもしれませんが、とにかく具体的に想像することが大事です。

一人一人の性格も考慮にいれて、たとえば「○月○日までにXさんに任せた○○(具体的なタスク)が終わっていなかったら、この日につついてみよう」とかそういった事を考えて、書き出してみます。
また、俗にバッファと言いますが、余裕を持つための期間も、○月○日〜○月○日までと、どこが余裕なのかはっきりさせて みましょう。

具体的に思い描くと次につながる

予期しない何かは必ず起こるものですし、最初に立てた計画通りに行く事はありませんが、道しるべにはなるでしょう。
そしてこの予定と、実際にたどった過程のズレを自覚することで、もっとスケジュールを立てるのがうまくなります。

なんとなく「こうなったらいいな」でスケジュールを立てると、ろくに頭にもはいっていませんから、また同じ失敗を繰り返すことになります。

1分でもとにかくやる

さて、具体的なスケジュールを立ててみたとします。
そうしたら、例の場合は、まず企画案や記事のサンプルを書きだしてみましょう。

「いま」じゃないなら、作業日時を「いま」決めてアラームをセット

もう今日は時間がない?日々の業務をしなければいけない?
…その場合は、何月何日の何時ならできるのか、2日以内の 日程を定めて、その時間にアラームをセット しましょう。
アラームが鳴ったら、始めてください。
始められないようであれば、それはいつまで経っても完成しないでしょうし、諦めてしまった方が良いかもしれません。

チームで進める場合、「決めるのが(書くのが)自分じゃないから無理」と思うかもしれません。
しかしながら、他の人に自分の思考が見えるように、そして共有できるように、見える形で事前にアウトプットしておくことが大切です。

なぜ書くのか

誰もあなたが何を考えているか透視することはできません。
「ちょっとサクッと良い感じにバズるやつ書いといて」と、ここまで酷い人はいないと思いますが、ふんわり頭の中で考えてなんとなく納得している素敵なアイデアは、具体的に外に書き出すとそれほど良くなかったり、整合性がまったくとれない内容だったりすることがあります。

人はそれを「夢」と言います。
夢の中では誰でも自由自在に何でもできるヒーローです。
現実世界ではつじつまが合わないことでも、なんとなくスルーできてしまうものです。
だから、とにかく現実世界で「いま」手を動かしてみることが必要です。

徹夜を前提にするな

「徹夜すればどうにか間に合うでしょ」という前提でスケジュールを立てているあなたに尋ねたいのは、徹夜することによる能力の低下を前提にしているのかということです。
そもそも仕事をする上での徹夜はせいぜい一晩が限度で、それ以上は過労死ラインに限りなく近づいていくのではないでしょうか。
疲れた頭ではミスも見逃しますし、些細な部分にとらわれて、余計な仕事を増やしがちになります。
攻撃的になり、言い争いも増えることでしょう。

徹夜や休日返上を前提としてスケジュールを組んではいけません。 そのようなスケジュールを組まなければいけない時点で、見通しは破綻しています。

特に、自分以外のチームメイトの誰かに対して徹夜や休日返上を強いることはパワーハラスメントになります。
仮にそのプロジェクトがどうにかなったとしても、次にまたあなたと組みたいと思うでしょうか。

「特別なパワー」に期待しないように

スケジュールが予定通りに進まないとき、つい期待しがちなのが「特別なパワー」です。神頼みです。

例えば、急に創作の神が降りてきて制作がはかどるとか、まだ依頼してもいない段階で「いざとなれば、○○さんに頼めばどうにかなるだろう」とか。

みんなで徹夜すれば、雰囲気も盛り上がるし、どうにかなるだろうとか。
時間としてみれば、例えば 徹夜をすることで10時間作業時間が増えたところで、1ヶ月単位の遅れという悲劇的な事態が好転するような事は考えにくい のですが。

特別なパワーに期待している、そう自覚した時は、計画の見直しが必要です。
決めたリリース日は今更変えられない?…そうでしょうか。

その日にこだわる、合理的な理由はありますか?
リリースから一年後に振り返ったとき、リリース日の変更で大きな違いが生まれていると思いますか?
リリース日を変えたら、誰か死にますか?
本当にその日付は(未完成に終わったとしてもリリースを決行したいほど)重要ですか?

コンピューターワークは「誰がやっても同じ」ではない

コンピューターを使う仕事は、例えば工芸のように手元で何かを組み立てたり乾かしたりする仕事と比べると、なぜか「短期間でもどうにかなる」「誰がやっても同じなのだから、納期に間に合わなさそうなら人を増やせば良い」と思われがちです。

実際には、全く思考を必要としない同じパターンの繰り返しや、よほどマニュアル化された作業でない限り、コンピューターを使用した仕事でも、仕上がりに差がでます。
誰がやっても同じではありません。
コンピューターはただの道具であり、その意味では、包丁やまな板と変わりません。
使う人間によって、同じ材料や同じ道具でも違う仕上がりになります。みじん切り一つでも人によって仕上がりは違いますよね。

ここを見誤ると、無尽蔵に増やした作業人への伝達に追われたり、クオリティに苦しめられることになります。

最後に

各家庭で身につけなさいと言うことかもしれませんが、義務教育でも、スケジュールの立て方が話題に上ることはなかったということに気づきました。

もちろん私のやり方が完全に正しいとは思っていませんし、時と場合によるのは分かりますし、いつでも変わる可能性はあります。
そして他の人たちのスケジュールの立て方、組み方も知りたいと思っています。

この記事を書いた人